下弦の月
彼が、「もうここに来なくていい」と、言った。
予感はあったが、突然の通告に、彼女は呆然と呟いた。「少し…話してもらえませんか?」
が、彼は更に冷たい眼をして「そのつもりはない」「話し合ったら何か変わるとは思えない」
彼とは、本当に少しずつ…それとわからないくらいに距離ができ始めていた。互いの間には信頼関係ができていた筈だった。だから、それぞれが自分が譲れないからだとは思わなかった。
重なっていったほんの少しの溝は、第三者が関わるものだったから。自分達の相手への思いとは、違ったところの出来事だったから。
何度かは互いの思いを近づけようと、その出来事について、話し合ってみたのだったし。
彼女から、或いは彼から、提案がなされ、納得したようで、 実は相手の主張を受け入れてはいなかった。 相手の気持ちに寄り添ってみることをしなかった。
彼らはそれぞれが、いつしか違う方向へ進んでいたことに気づかなかった。相手が同じルートに居ると思い込んで。同じ目的の為に同じ舟に乗っていると思い込んで。
溝は深くなり、距離は遠くなり過ぎた。どちらが言い出すのか、最早時間の問題だった。
信頼が壊れてしまうのは早く、容易く、それを再び築き上げるのには、それが無からできあがったときよりも、永く難しいのだと、
彼女は、
そこを去ることを決めた。
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