ボヘミアン



銀婚式も目前、という私たちだが、
私には未だ、姑(はは)に投げつけられた、消化しきれないでいる言葉がある。
未だ、消化しきれないでいる過去の出来事を抱えている。

立場と歳の差への礼を考慮すれば…考慮して然るべきであるし…
投げつけられたと思う私こそが、姑に礼を欠いた言葉を投げつけ、
礼を欠いた行動をしてもきたのだろう。

今回の帰省でも、小さな衝突があった。姑の言葉の端に小さな意地悪さを感じた。
その度に、私が私の中で根っこにしてしまった姑の過去の言葉が、私の中の暗く醜い塊が頭をもたげる。
でも、それを私が表立たせる訳にはいかないし、そう感じてしまう私自身を問題視すべきだ。
他意のないつもりの言動が、姑を傷つけているのかもしれない。

元々、それぞれの太陽がスクェアという対立関係。私が十二分にも譲らずにうまくいく訳もない。


私の両親は、それぞれの父の仕事の関係で、各々シンガポール、満州で生まれ、所謂お坊ちゃん・お嬢さん育ちともいえた。
父は東京大空襲の際に、隅田川に浸かったし、母は満州からまだ年端もいかない頃に、家族バラバラで日本に戻った。父母には、故郷と呼べるものがない。

私が、婚家と何か根本的に違うな、と思う理由は、この、私のルーツかもしれない。代々、土地に根ざしてその人生を重ねてきた人々には、私がきっとこの血に持つ、ボヘミアン的な要素を得体がしれないとか、危なっかしいとか思うのかもしれない。
・・・・タロット使いであるのも、このジプシー的要素故でしょうか?(笑)


まあしかし、現実として、私はこの家の長男の嫁であり、姑は私にとって今、この世にあってくれる、ただ一人の親だ。

ボヘミアンらしく自由を愛する態度を貫くならば、私はもうそろそろ、確執となった言葉を手放すべきだろうな。
理解し合おうというより、相手には求めず責めず、シンプルな思考と態度を常に選ぼう。
笑顔と挨拶。単純にそれだけ。

今しようとする、自分との約束を守ること、それは、私自身を丁寧に扱うことであり、私自身を解き放つことになる。

自由と孤独はセットだとしても、私は私らしくあるほうを選ぼう。私の太陽星座の守護神; マーキュリーのようでありたい。

李々佳・・縷々綿々

占い師:李々佳のあれこれ雑記・・・ どこへいくかわからない散漫な話ですが、目に留めていただけたら嬉しいです。 「リーディングケース」では今までの実占例をご覧になれます。

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